一生懸命働いてお金を多く家に入れる自分がなぜ悪いのか? そう思っていました。 沖縄一期

6期父の学校初日のプログラム、父の影響力について、修了生1期生が証しました…

 

私の父親もよく酒を飲んで母を困らせたものです。

息子である私も酒飲みで周りに迷惑をかけました。

仕事で失敗し、人間関係、色々人々を傷つけ(平気で人の悪口を言うこともありました)酒を飲んでうっぷんを晴らすことがよくあり、仕事は団体生活の中ですが、みんなが集うことでみんなと一緒と言う者でした。

そうでないと話し相手もいないので酒を飲んでちいさな話も大きくなり人の迷惑となり人間関係のトラブルになりました。

 

酒を飲んで良い気分になり、心も楽しくなり酒を飲んだ翌日はまた酒を飲むのをやめようと思います。

しかしやめきれずすぐ元に戻ります。

みんなと酒をワイワイ楽しく、酒はあまりなく、自分自身を酒でごまかす事もなり、仕事が終わってから一杯飲み、そこから流れて飲み歩く癖、スナックなどに行って可愛い子ちゃんがいるから行くなど悪いことの方が多かったです。

酒を飲んで女性の前で自分を大きく見せようとする癖、見えを張る、俺がカッコいいという風に見せる、威張りたがり屋、何でも社会の事はよく知っていると思い、酔っ払ったら気が大きくなり自分の事になると肯定的で相手のことになると否定的になるといういつも自分中心となってしまう、自分の間違いに気づかない。

人はどうでもいい、今の自分、今さえよければいい考え、みんながそうやっているんだと思っている。 一杯が二杯になり、自分が分からなくなってしまう。

自分自身を知ろうとしない、悪いものは隠す癖、そんな毎日でした。 そんな中ある女性と知り合い結婚することになり一男三女の子供に恵まれしばらくは幸福を感じる日々を過ごし酒から遠ざかり家にいる日が多くなり、職場の付き合いで少しづつ飲むことになり久しぶりの酒はおいしいものでした。

その結果、悪酔いし、家内に悪いところを見せてしまいしばらくは話しない状態でありましたので自分自身が本気で酒をやめることにしました。

それからは仕事だけをすることにしました。お金も儲かり暮らしは少し豊かになり家族でいっしょに行くことも良くありました。

給料をたくさんもらうことになり仕事中心となり父親、夫、男性、その中の男性の部分だけとなっていました。

その中で自分自身も心を見失うことになり、お金はたくさん入ってくるが何か満たされないものがあり自分はいつの間にか自分中心で高慢でわがままで、あまり人の意見を聞かずにいる毎日でした。

親でもなく、夫でもなく、男性としての生き方を知らず知らずそうなっているのに気がつかず子供たちの事も考えない、妻と話し合いもない、子供たちから嫌われている自分がいました。

親として、夫として、男性としてその当時働きすぎという言葉がよくありました。 それは男性として失格だと思っていました。

自分自身だと思わなかった。 離婚して初めて気づき、ノンクリスチャンの自分が言いたい放題言い、今まで自分が頑張ってきたのが全部だめになって初めて一人で考えるようになりました。

初めは相手(妻の事)、子供たちの事、妻が子供達に悪く話し、自分から子供たちとあまり話もしない日が続き、またしばらくして自分は男として一生懸命働いてお金を多く家に入れ、職場の人との付き合いもしない、自分がなぜ悪いのか?

夫婦の間に溝ができ、それを愛で埋めることもできない、会話もできない、互いに平行線のままでした。

あるきっかけでとりなしの祈りの中で教会に導かれ救いに導かれました。

クリスチャンになってすべてが新しくなり、今まで見ていたものが新鮮に見える。

教会に通う中で心が満たされるものがありました。自分の心も変わりました。

大きな家に一人でいると今までやってきたこと一つ一つ悔い改めることができました。

今度、相手の事(妻の事、子供たちの事)を祈りをさせていただく中で自分の子供たちが話をする機会が与えられ、神様によって家族の和解ができました。今は家族、職場も祝福されています。神様の恵みを感謝します。これで長くなりましたが、証を聞いて下さり感謝します。

 

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父の学校 沖縄支部
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